ボリス・ジョンソン首相はコロナ禍でウィンストン・チャーチルになれるのか

ボリス・ジョンソン英首相は先日の記者会見で、変異種コロナウィルスが従来種より致死性が高い可能性を示唆した。このため英政府はロックダウンの無期限延期の可能性を表明。パブやレストランの営業再開への目途は全く立たず、イギリス経済は更なる打撃を受ける見通しとなった。

イギリスがここまでの危機に晒されるのは、1939年に勃発した第二次世界大戦以来のことだろう。当時首相の任にあったのは、サー・ウィンストン・チャーチル。イギリスで最も偉大な政治家とされる彼はナチスドイツに屈することなく戦いを主導し、世界を全体主義の暗雲から救ったことで有名である。


そんなチャーチルに、ボリス・ジョンソン首相は強い憧れを抱いているのをご存じだろうか。チャーチルの人間性や経歴に共感を抱いているばかりでなく、彼の影響から「国家の危機」に立ち向かう行為自体に心酔しているというのである。ロンドン市長在任中の2016年には自らチャーチル伝を出版し、首相への立候補を仄めかしていることから、彼がイギリスの首相を目指したこと、それ自体がチャーチルの影響によるものと解釈することもできるだろう。

この事実を知って、私は「なるほどな」と思った。「名家出身」「ジョーク好き」「ジャーナリスト」「波乱の人生」と、彼らには共通点が実に多いのだ。ジョンソン氏の性格からもチャーチル推しがしっくりくるだろう。キング牧師やジョン・レノンなどでは決してないのである。

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コロナ禍はジョンソン氏の運命か

そしてあろうことか、首相となったジョンソン氏の身にも「国家の危機」が降りかかった。

彼が首相に就任したとき、彼自身が想定していた「国家の危機」とはブレグジットのことだった。彼はジャーナリスト時代から筋金入りの欧州懐疑主義者。時にはフェイクニュースも交えつつ、EU加盟がもたらす弊害を国民に訴え続けてきた。「自由なイギリスを取り戻す」というメッセージはイギリス人に潜む欧州への優越感を呼び起こし、彼の人気を支えているように見える。

2019年7月の首相就任以来、彼はあの手この手でEU離脱にごぎつけようとした。立ちはだかる下院の壁、野党の妨害。彼は現状を打破するため、解散総選挙に打って出た。結果は彼の率いる保守党の圧勝。これによりイギリスのEU離脱が正式に確定した。全ては彼の思惑通りのように思えた。

ところが、ジョンソン首相にとっての本当の「国家の危機」はブレグジットなどではなかった。新型コロナウィルスがイギリスでも猛威をふるい始めたのである。2020年3月下旬には彼自身も罹患し、一時は危篤状態に陥ったという。


昨年12月にはイギリスで世界で初めてコロナウィルスワクチンの接種が始まり、EUとの合意も達成するなど明るいニュースも相次いだが、変異種の出現で再び先が見えなくなってしまった。変異種の感染力は50%以上高く、致死性も30%ほど高いという。26日にはコロナウィルスによる英国での死者が10万人を超えるなど、ジョンソン首相は窮地に追い込まれているようだ。

しかし、フランスとベルギーがナチスの手に落ちるという最悪の状況から勝ち上がったのが、彼の憧れるウィンストン・チャーチルである。ひょっとするとジョンソン氏も「危機の時代の宰相」として歴史教科書に載る日が来るのかもしれない。事実、彼の振舞いや励ましの言葉には人の気持ちを和ませる作用があるのである。良くしたものだと思った。

だがチャーチルはイギリスの歴史的勝利と引き換えに植民地の多くを失った。イギリスの帝国主義が世界に文明と平和をもたらすと固く信じていたチャーチルだけに、さぞ心外だっただろう。果たしてジョンソン氏はコロナ禍のあと、「自由なイギリス」を実現し、EUのために失った栄光を取り戻すことはできるのだろうか。噂によるとロンドン塔のカラスが一羽、行方不明になったようである。

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この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。