UK解体の危機?スタージョン首相がスコットランド独立の是非を問う2度目の住民投票を要求

2014年9月、英北部スコットランド独立の是非を問う住民投票が実施された。開票の結果独立自体は否決されたものの、独立支持に44.7%もの票が集まり、多くのスコットランド住民が独立を望んでいることがわかった。あれから6年近くが過ぎた今日、スコットランドは再び独立に向けた動きを強めているのをご存じだろうか。

コロナ禍がイギリスで始まる前の今年1月、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相は、スコットランドの独立の是非を問う2度目の国民投票をボリス・ジョンソン英首相に要求した。EU離脱へと突き進むジョンソン政権に対し、EU残留派が多くを占めるスコットランドで独立の気運が高まったためだ。

ジョンソン首相はこれに対し、「スコットランドで過去10年続いてきた政治的停滞を継続させることになる」と2度目の住民投票を拒否。政府の許可を取り付けられなかったスタージョン首相は自身のツイッターアカウントで、「ジョンソン氏率いる与党・保守党は民主主義を否定しようとしている」と批判した。

中世より続くイングランドとスコットランドの確執

この問題を理解するためには、まずイギリスがロンドンを中心とするイングランド、ブリテン島北部のスコットランド、ブリテン島西部のウェールズ、アイルランド北部の北アイルランドの4つの国からなる連合王国だということを知らなくてはならない。

現在では各国間にボーダーは無く、通貨も共通でポンドが使用されているのだが、かつてはそれぞれが歴とした独立国だった。それがブリテン島の最強国・イングランドの政略により、半ば強引に統合されたのだ。軍事侵攻や政略結婚、議会の強制併合など、統合に至る過程で生じた軋轢は相当なものだったという。

それは当時ノルウェー色の強かったスコットランドにおいても例外ではなく、現代におけるイングランドへのあの生理的反感に繋がることになる。

11世紀後半マルコム三世がイングランド貴族の姫マーガレットを妃とする。
1296年エドワード一世のスコットランド侵攻。スコットランドでスクーンの石と王冠を奪う。
1314年イングランド軍、バノクバンでスコットランド軍に大敗を喫する。
1328年スコットランドの独立を認める条約が結ばれるも、エドワード三世が隙に乗じて南部を占領。
1603年王冠連合の成立。同一君主がイングランドとスコットランドの国王を兼ねる。
1707年スコットランド合同法成立。グレートブリテン王国の誕生。
スコットランド対イングランドの確執史

なかでも1296年のエドワード1世のスコットランド侵攻は、両者の敵対的関係を決定的なものとしたことで知られている。これはスコットランドに対して宗主権を主張していたエドワード1世が、スコットランド人を対仏戦争のために徴兵しようとしたために、「敵の敵は味方」の理論でスコットランド側が逆にフランスと同盟を結ぼうとしたことがきっかけで起きた事件である。スコットランド王家の守護石だったかの「スクーンの石」と王冠が、イングランド軍により戦利品として持ち去られたことでも有名だろう。

スクーンの石は今ではスコットランドのエディンバラ城に保存されている。

その後「スクーンの石」はロンドンのウェストミンスター寺院の木椅子にはめ込まれ、皮肉にもイングランド国王の戴冠の儀で使われることになった。1996年、スコットランド出身の首相トニー・ブレアによって石と王冠はエディンバラ城に返還されるも、このエピソードは未だにスコットランド人のナショナリズム感情を煽り続けている。

スコットランド合同法で統一されるも

スコットランドが完全にイングランドに併合されるに至るのは、1707年のスコットランド合同法でのこと。当時イングランドとスコットランドは1603年から既に王冠連合を組んでいて、同一君主がイングランドとスコットランドの国王を兼ねることになっていた。同一君主を戴く両者はその後100年近く別の国として運営され、互いに対立することさえあった。

しかしスコットランドがパナマ海峡における植民地建設に失敗し、多額の損失を計上したことから(ダリエン計画)、イングランドからの補償を期待して合同に賛成するスコットランド議員が次第に増えていった。1707年、スコットランド議会は遂に合同法を受け容れ、ようやくブリテン島に初の統一王国・グレートブリテン王国が誕生したのである。

なのでスコットランドには今でも固有のゲール語があるし、スコットランド出身者が自らをスコットランド人と名乗るのは言うまでも無い。ボーダーコントロールは無いとはいえ、今のスコットランドを日本の一地方のように考えるのはかなりの見当違いといえるだろう。

だが、昨今のナショナリズムの高まりに応じて、早急な独立を促すのが得策なのかと問われると、決してそんなことはないとも言わざるを得ない。新興国であるスコットランドがEUに加盟するのは多難を極めるし、信用力の低い新通貨はポンドの代替にはなれないだろう。ジョンソン首相率いる保守党政権は、ここにきて改めて連合王国の力を訴え始めている。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。卒業後は製紙会社などに勤務。ここでの専門はイギリス。パンと白米が余り好きでなく、2020年にはじゃがいもを主食とする生活を目指すも挫折する。