ただ青春18きっぷで関東から名古屋まできしめんを食べに行く話 静岡ロングシート地獄編

麺類というのは、どうして平たくなるだけでこうも美味しくなるのだろうか。中国のあの機械で押し出して作りました感バリバリのビーフンだって、平たく伸ばして河粉にするだけで段違いに美味しくなる。

その理由は舌に麺が触れる面積が広くなるので、その分澱粉の甘みを一度に感じ取れるからなのか、それともスープが麺によくなじむからなのかは定かではないが、僕が人類きっての平たい麺好きであることは自信をもって公言できる。

またベトナムにフォーを食べに行きたい。広東省に豚もつの河粉を食べに行きたい。もうこの想いは適わないのだろうか。

そこで僕は、ならばせめて、名古屋できしめんを食べたいと思った。手元には期限ギリギリにして3回も余った青春18きっぷ。

夏休みの宿題はギリギリまで先延ばしにした挙句、他人の決めた課題をどうしておいそれとやらなければならないのかと疑問を呈するタイプだったので、青春18きっぷも例外なく余りがちなのだ。

これは行くしかない。

**
スタートは小田原駅

2020年9月9日の朝、僕は東海道本線の小田原駅に居た。首都圏から名古屋まで青春18きっぷで行くには、海沿いの東海道本線経由か、山回りの中央本線経由の2つの選択肢がある。

中央本線経由も見どころ満載で素晴らしいのだけれど、今回は日帰りなので所要時間の短い東海道本線で向かうことにした。

西への旅はいつもここから始まる

7:16発の沼津行きは社境を跨ぐ直通列車

こんどの列車は熱海からJR東海管内に直通する、沼津行きの普通列車。神奈川県西部は静岡県東部との繋がりが強いため、朝夕のラッシュ時のみ社境を跨ぐ列車が運転されているのだ。

車両はJR東日本のE233系。1・2・9・10・14・15号車がボックスシートなので狙うと良い。

小田原を出ると、すぐにいつも車で通る早川の橋が見える。

ドドドドドド

眼前には相模湾の絶景。

東海道線の早川-根府川の区間は相模湾沿いを走るため、海を見下ろす素晴らしい景色を堪能することができる。海の見える鉄道路線は多くあるが、なかでも屈指の美しさなのではないだろうか。

名古屋までこれから長時間電車に乗り続けることになるが、たぶんこの区間が一番のハイライトだろう。

終点の沼津に到着。小田原から乗り通すお客さんが多かったのは意外だった。

**
静岡ロングシート地獄という試練

終点の沼津に到着すると、こんどは静岡行きの電車に乗り換えなければならない。先に断っておくが、沼津から先の静岡県内の区間は、愛知県の豊橋まで、地獄のような時間が続くのは周知の事実だろう。

できれば避けたい区間なのだが、静岡県を通らなければ東海道本線で西日本にはアクセスできない。なので18きっぷ入門者が必ず耐えなければならない試練といえるだろう。

静岡を地獄たらしめている原因は、以下の三点にまとめることができると思う。

1)静岡横に長すぎる問題

地図で見てもわかる通り、静岡県は他県に比して横に長い。仮に東京に縦に静岡県を置くと、埼玉県、栃木県を飛び越えて福島県にまで達するという。

車窓からは富士山や由比の海、掛川の茶畑などいい景色を楽しむこともできるのだが、テンポとリズムが長きに渡り全く変化しないので、島田あたりで一度発狂しそうになるのも無理はない。

2)JR東海が各駅停車しか運行したがらない問題

東海道本線の静岡県内区間の列車は、ほぼ各駅停車しか運行されていない。これは中間駅の乗降人員にあまり開きが無く、短距離利用が多いためとJR東海は説明しているが、恐らく新幹線に利用客を誘導したいというのが本音だろう。

快速列車を設定したほうがマイカーからお客さんを奪えそうな気もするが、新幹線だけで充分儲かっているので利益率の低い在来線で面倒なことはしたくないようだ。

ただでさえ横に長い静岡を延々と各駅停車で横断しなければならないのだから、島田あたりで一度発狂しそうになるのも無理はない。

3)JR東海がロングシートしか設定したがらない問題

東海道本線の静岡県内区間の列車は、ほぼ地下鉄のようなロングシートの車両しか運行されていない。昔はボックスタイプの車両も多く在籍していたのだが、近年全てロングシートの新型車両に置き換えられてしまった。

これは静岡県内は短距離利用が多いためとJR東海は説明しているが、恐らく新幹線に利用客を誘導したいというのが本音だろう。

クロスシートの車両を導入したほうがマイカーからお客さんを奪えそうな気もするが、新幹線だけで充分儲かっているので利益率の低い在来線で面倒なことはしたくないようだ。

ただでさえ横に長く、各駅停車しか走っていない静岡を、ロングシートで延々と横断しなければならないのだから、島田あたりで一度発狂しそうになるのも無理はない。

乗車するのは8:11発の静岡行き。

車内は御覧のように見事なロングシートになっている。静岡県内はこれにひたすら耐え続けなくてはならない。

修行僧になったつもりで意を決して電車に乗り込むと、すぐにドアが閉まった。

片浜、原、東田子の浦、吉原・・・

車窓からは雪のない富士山がくっきり。

JR東日本の路線とはひと味違うJR東海の独特な雰囲気に最初は高揚感を覚えるも、富士を過ぎたあたりから徐々に飽きてきてしまう。

行けども行けども、テンポと雰囲気が全く変わらないのだ。

富士山、富士の工業地帯、由比の海と、通過する見どころも多いはずなのに、何故かまるで葬式でお経を聞かされているかのような時間が過ぎてゆく。

静岡駅では40分の休憩を挟み、豊橋行き普通列車に乗車。

ただ、いっさいは過ぎていきます。

島田駅を過ぎ、浜松駅に着く頃には心身ともに悟りの境地に達していた。

ただひたすらロングシートに腰を据えて微動だにせず、一切の煩悩をやり過ごすことができるようになった。

これは木魚とお経のリズムが人を悟りの境地に導くのと同じメカニズムなのかもしれない。

浜松駅で後ろの3両を切り離し、いざ豊橋へ。

浜名湖を渡る。

浜名湖を渡り、新所原駅を出発すると、列車はようやく愛知県に突入する。豊橋まではあと二駅。最初はあれだけ嫌がっていた静岡のことが、少し名残惜しかった。

**
愛知クロスシート天国に突入

午前11時36分、列車はようやく豊橋駅に到着し、無事静岡ロングシート地獄を乗り越えることができた。ここまで来ればゴールの名古屋はすぐそこ。もう少しの辛抱だ。

JR東海の策略により名鉄カラーが排除された豊橋駅

豊橋駅で面白いのが、JR東海が名鉄の駅も管理しているところ。これは飯田線の前身となる豊川鉄道が豊橋に乗り入れた後に、名古屋側から線路を延伸してきた愛知電気鉄道(名鉄の前身)が線路の共同使用を申し入れたためで、今でも豊橋駅から3.8キロの区間が共用区間となっている。

ここで問題となるのが、JR東海と名鉄が豊橋~名古屋・岐阜間において全面競合していること。

かつては国鉄が長距離輸送、名鉄が都市間輸送と役割が分担されていたので平和だったのだが、国鉄が民営化してJR東海が発足すると、名古屋方面への速達列車を高頻度で設定して名鉄に勝負をしかける気運が高まった。

ゆえにかは定かではないが、JR東海の管理する名鉄豊橋駅からは名鉄カラーが一掃されていて、そこから名鉄線が発着しているという空気は一切感じられない。

これがJR東海によるマウンティングだとしたら名鉄がかわいそうなのだが、JRも民間企業なので競合相手には容赦しないのだろう。

豊橋から先の区間には最高時速120km/hの速達列車が設定されている。名古屋までは50分ほどだ。

静岡ロングシート地獄に耐えた者だけが味わえる愛知クロスシート天国。この区間は名鉄と競合しているため、座席も豪華だ。

車窓からは三河湾。列車は順調にぶっ飛ばす。

そして

いよいよ

名古屋に

ゴール

午後0時43分、小田原発車から5時間27分の時を経て目的地の名古屋に到着した。途中静岡で40分の休憩を挟んだので、最短なら4時間50分ほどで移動できると思う。

新幹線だとちょうど東京博多間を移動できてしまう時間なので、いかに在来線が遅いかがわかるだろう。

時は金なりとはよくいうが、時間をお金に換えている普通のビジネスマンからすれば頭のおかしい時間の使い方に違いない。休日でもこれをやりたいという人は学生でもない限り居ないだろう。

**
名古屋名物きしめんを食す

電車移動だけでお腹いっぱいになってしまったが、今回名古屋に来た目的は本場のきしめんを食べることだった。折角苦労して名古屋まで来たのだから、老舗の名店で食べたい!と、選んだのはこちらのお店。

名古屋駅名代きしめん住よし。

なんだ、駅そばじゃないか。

と思ったあなたにこそ知って欲しいのが名古屋駅の駅きしめん。

60年の歴史を誇る老舗だ。

駅きしめんだからと言って侮るなかれ。このお店の創業はなんと昭和36年(1961)。金山駅が開業する前から存在する、老舗中の老舗なのだ。

近年ではテレビや雑誌などで度々取り上げらる機会が多々あり、熱田神宮のきしめん屋にも劣らない知名度と人気を博しているという。

在来線各ホームと新幹線各ホームに店舗があり、ファンには店舗ごとの微妙な違いがわかるらしいが、僕はとりあえず一番空いていた3・4番線の店舗にお邪魔することにした。

券売機。みそきしめんや冷やしのレパートリーも。

駅の立ち食いながら本格志向とのことで、値段はこのスタイルのお店にしては高めだ。

何にするか迷うも、後ろにお客さんが来てしまったためとりあえず一番上で推してあったかき揚げ玉子入りきしめんを注文。

店内は何の洒落気もない。そして店員のおばちゃんの雰囲気が関東とは違うことに気付く。

JR東海の社員さんなど、客が絶えない中2人のおばちゃんがスピーディーに仕事をこなしているのが印象的だった。

かき揚げ玉子入りきしめん590円。

そして2分もかからぬうちに駅のきしめんと対面。目を引くのはなんといってもこのかつお節の多さ。これがうまく無いわけがないだろう。

麺はもちもち

麺も御覧のようにもちもち。駅きしめんとはいえ、専門店としてのこだわりが感じられる一品だ。

そしてやはり平たい麺は期待を裏切らなかった。舌に乗せたときに感じる澱粉の甘さと、かつお出汁の効いたスープがよくなじみ、至福ともいえるハーモニーを演出。

フォーしかり、河粉しかり、きしめんしかり、麺が平たいというのは絶対的な正義であると僕は確信した。もうこれで今日は大満足。

そして

きしめんを食べた僕は

名古屋を

後にしたのでした

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。