アメリカ独立戦争とイギリス 帝国が犯した過ちとその背景

背景としての七年戦争

史上初の世界大戦として知られる七年戦争は、ハプスブルク家の支配するオーストリアがオーストリア継承戦争で奪われた領土をプロイセン(ドイツ)から取り戻そうとしたことで始まった。

オーストリアはプロイセンを包囲するため、巧みな外交交渉でフランス、ロシアを同盟に引き込むことに成功すると、植民地収奪競争でフランスに対抗していたイギリスはプロイセン側につき、機に乗じてフランスを出し抜くことを画策した。

こうした対抗勢力の力を削ぐための立ち回りは、植民地拡大期のイギリスのお宝芸である。七年戦争のなかで戦われた北米でのフレンチ=インディアン戦争、インドでのプラッシーの戦いなども、実態は英仏による植民地争奪戦であり、イギリスはプロイセンのために参戦したわけではないということに留意していただきたい。


七年戦争での戦いはいずれもイギリスの勝利に終わった。1763年のパリ条約では、イギリスはフランスからカナダとミシシッピ川以東のルイジアナを獲得。それまでフランスの影響下にもあったインドではほぼ全域でイギリスの優位が確定するなど、英仏両国の覇権争いはイギリスの完全勝利に終わろうとしていた。

しかし、いつの時代も戦争には出費がつきものである。イギリスは一連の対仏戦のために、政府の負債総額は1億3000万ポンドを超えていた。生活を圧迫する対仏戦は市民からは不評で、植民地のために戦ったのだから植民地からも相応の徴税をすべき、との意見が政府内外を占めることになる。

課税が招いた植民地の反英感情

そこで終戦後に首相となったグレンヴィルは1764年、アメリカ植民地に輸入される外国産の砂糖に高い関税をかける砂糖法を制定した。関連産業は軒並み打撃を受け、次第にイギリス本国に対する疑念が植民地を覆い始めることになる。1607年のヴァージニアからイギリス人の入植が始まった植民地ではあるが、イギリス国王から政治的自由が認められているのではなかったのか。


グレンヴィルはその後、1765年に印紙法を制定し、証券や出版物への課税を強行した。印紙法では砂糖法以上の抵抗運動が起こり、ボストンから広がった反乱が植民地諸都市へ飛び火。更にはアイルランドの反英運動とも連携の兆しを見せたことから半年で撤回せざるを得なくなった。

しかし1766年に誕生したピット政権では新たにタウンゼント諸法が施行され、輸入される茶や紙、塗料やガラスなどに関税がかけられることとなった。

「本国の優位を行使するにふさわしいときは、今以外にはない。」

タウンゼント諸法を立案した財務大臣チャールズ・タウンゼントの目論見は、その後植民地の独立という最悪の結果を招いてしまうことになる。

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ボストン港をティー・ポットにしてやる

1773年12月、イギリス製品のボイコットなど、反英運動の吹き荒れるボストンに一隻の貨物船が入港した。船はイギリスの東インド会社船籍。植民地側は船荷を荷揚げすることなく、ボストンから退去することを求めた。イギリスによる支配の象徴として、東インド会社が抵抗運動の槍玉に上げられていたことは言うまでもない。

船に積まれていたのは、タウンゼント諸法で課税の対象とされていた茶だった。激しい抵抗運動の末、このとき既に茶以外の製品への課税は撤廃されていたが、歳入確保のため茶へは未だに1ポンドにつき3ペンスの関税が掛けられていた。このことに怒る過激派は12月16日夜、ボストン港に停泊していた東インド会社船を襲撃 (ボストン茶会事件)。


「ボストン港をティー・ポットにしてやる」と叫びながら、342箱の茶箱を海に投げ捨てたという。

ちなみにこの時期、イギリス流の紅茶文化への反感が植民地内で広がり、コーヒーを嗜む習慣が根付いてしまったのは有名な話だ。イギリス軍がアメリカ独立記念日を祝福するため、去年7月にツイッターに投稿した動画には、一連の騒動を皮肉る内容が込められているので是非見ていただきたい。

そして1775年、レキシントン・コンコード間において植民地の独立を賭けた戦いが始まった。軍事力自体はイギリス優位であったが、本国から大西洋を挟んで遠く離れたアメリカに軍を展開する難しさ、アメリカ大陸の地理への疎さなどが重なって、イギリス軍は苦戦を強いられることになる。また1778年にフランスがアメリカ独立軍につき、次いでスペインも独立軍を支持したため、イギリスの敗色は徐々に濃厚になっていった。

そして1783年、イギリスはパリ講和条約で遂にアメリカの独立を承認した。自由市場としての植民地を失った損失も大きいが、宿敵フランスに負けた唯一の戦いとなってしまった屈辱感も拭えない。これまで植民地獲得競争を有利に進めてきたイギリス帝国は、この事件を機に転換を迫られることになる。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に中国・上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。なお、ここでの専門はイギリス。パンと白米があまり好きではなく、2020年にじゃがいもを主食とする生活を目指すも挫折する。