首相から退位を迫られた伝説の君主・エドワード8世と王冠を賭けた恋の物語

1936年1月20日、それまでイギリス帝国に君臨していたジョージ5世が崩御すると、新たにウィンザー朝の当主となったのは、リリベット(エリザベス女王の子ども時代の名前)から「ディヴィット伯父さん」と呼ばれ親しまれていたエドワード8世だった。

当時世間から「魅惑の王子」と呼ばれ、数多くの女性を虜にしていた彼は、その優しい性格から新時代の当主として国民から歓迎されていた。しかし父であるジョージ5世の彼に対する評価は芳しくなく、事実、国王ながら次々と押し寄せる公務の波に耐えかねているようだった。

「あの坊やは、私が死んでから1年以内に身の破滅を迎えるであろう。」

晩年父が言い放ったこの言葉は、皮肉なことに、彼自身の公務への無責任な態度と、ある女性との不倫関係から見事に的中することになる。

ウォリス・シンプソンは小柄ながら話術にたけた、お洒落で魅力のあるアメリカ人の女性だった。アメリカで離婚の後に渡英し、エドワード8世の友人と結婚していた2つ年下の人妻である。ウォリスとの不倫関係は、どうやら彼の即位前から続いているようだった。そして彼はやがてウォリスを真剣に愛することになってしまう。


彼らの秘密の関係は当時、政界とマスメディアのごく一部の人にしか知られていなかった。マスメディアは政府との紳士協定により公表を差し控えていたが、やがてその協定も期限が切れると国民へ向け一斉に報道を開始。

アメリカ人、不倫関係…当時まだ保守的だった世論は君主とウォリスとの関係を飲み込めなかった。また当時のイングランド国教会は離婚を禁止していたので、成婚にあたりウォリスを離婚させるのを問題視した。世間からの猛反発を食らった彼は、ついに時の首相ボールドウィンに迫られてしまう。

「個人としての王の問題は、王位、王政そのものに対する問題に発展する恐れがあります。」

ボールドウィン首相の勧告をきっかけに、エドワード8世は退位を決意した。当時の世論はヴォリスとの結婚を取り消すことになるだろうと予想していただけに、その衝撃は凄まじかったようだ。そして1936年12月11日、エドワード8世はBBCのラジオで正式に退位を宣言した。

But you must believe me when I tell you that I have found it impossible to carry the heavy burden of responsibility and to discharge my duties as King as I would wish to do without the help and support of the woman I love.

“愛する女性の助けと支えが無いことには、自身が望むように重い責務を負い、国王としての義務を果たすことが出来ないということを信じてほしい。”

こうして、わずか325日間の王位を退いたディヴィット伯父さんは、日付が変わるとともにポーツマスの港から船でイギリスを去っていった。これが世にいうエドワード8世の、王冠を賭けた恋の物語である。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に中国・上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。なお、ここでの専門はイギリス。パンと白米があまり好きではなく、2020年にじゃがいもを主食とする生活を目指すも挫折する。