日本人は中国語を勉強すべきなのか それとも英語を勉強すべきなのか

日本人は中国語を勉強すべきなのか。この問いに、中国語専攻だった私は今まで悩み続けてきた。

膨大な人口を抱え、経済発展を続ける中国。一見すると、これからの時代は中国語の時代のように思えることもあるだろう。かつての私も実はそう思っていて、中国語のことだけを考えていた時期があった。

しかし、大学を卒業して人生経験を積んでみると、事はそう単純ではないということに気付いてしまった。中国と深く関わったことのある方なら、なんとなく分かって頂けるのではないだろうか。

まず、例え中国が数字の上では世界一位の経済大国になれたとしても、中国が精神的に世界の人びとをリードできるのだろうか、という疑問がわいてくる。英語を勉強し、英語圏に留学し、外資系の企業で働くことにより得られる自信を、果たして中国は人々に与えることができるのだろうか、と換言することもできるだろう。

確かに今の中国には、便利なITサービスなど、素晴らしい技術や商品が多く存在する。ひと昔前の中国と比べると、豊かさの差は歴然なのではないだろうか。

しかし中国には、外国人を「これでいいのか」と思わせてしまう何かがある。SNSで日々シェアされる中国のビジネス情報、キラキラ情報では、それが見えないので注意が必要だ。


そして、テクノロジーによる監視技術の上に成り立つ中国共産党の独裁体制は、西側の民主主義を「超えた」としきりに宣伝されているが、それは中国社会の乱れ故に、仕方なく構築された技術・体制ではないのだろうか。

確かに国全体で見れば、監視社会は効率的な社会なのかもしれない。大きな統計が得られるのかもしれない。しかしだからといって、個人レベル、コミュニティーレベルの質や実力、社会に根付く概念そのものが、西側を越えたということには決してならないはずだ。

無論、それが中国の求心力に直接結びつくということもないのである。

ゆえに、私は日本人は引き続き、英語の学習に力を入れ、日本の習慣もある程度大切にすべきだと思っている。中国語の勉強も悪くはないが、あくまでもサブで、市場開拓のため、様子見のため、くらいの認識がいいだろう。

貴重な学生時代に可能性を中国に全振りすると、知らぬ間に大切なことを見失うリスクが伴うので注意しておきたい。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に中国・上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。なお、ここでの専門はイギリス。パンと白米があまり好きではなく、2020年にじゃがいもを主食とする生活を目指すも挫折する。