ただ横浜市営地下鉄で家系ラーメンを食べに行く話 千家本店編

思い付きで横浜へ

首都圏の緊急事態宣言は既に解除となったものの、6月19日までは都道府県を跨ぐ移動を自粛しなければならないらしい。中国にも行けず、県外にも出れず、書くネタに困り悶々とする日々に少し嫌気が差してきた。久々に都会の空気も吸いたい。

そこで今日は、気晴らしを兼ねて昔から好きだった横浜市営地下鉄を訪れることにした。地下鉄とはいえ、他都市のそれとは一線を画す独特な魅力を持つのが横浜の地下鉄。

都市的なディープなガラの悪さはどこかNYの地下鉄を彷彿させるし、家系ラーメンをはじめ沿線のグルメにも特有のディープさがある。

家を出たのは午後2時を過ぎていた。ひとまず起点のあざみ野から、横浜の中心部にかけて乗ってみようと思った。何をするかは車内で考えればいいだろう。

15:55(GMT+9)

田園都市線であざみ野駅にやってきた。ここは横浜市営地下鉄ブルーラインとの乗換駅。横浜市といえど北部の青葉区は東京の植民地のようなもので、住民の多くは田園都市線で東京方面へ通勤している。俗に横浜都民というらしい。なので横浜の中心へと向かう市営地下鉄の入口はいつも閑散。絶対に座れます。

15:59(GMT+9)

横浜市営地下鉄ブルーラインはとても長い地下鉄だ。その距離は40kmに及び、都営大江戸線が開通するまでは日本最長の地下鉄だった。あざみ野から終点の湘南台まで、快速でも乗り通すと60分もかかってしまう。しかし田園都市線と小田急線を使えば35分。あくまで横浜市中心部と郊外を結ぶ役割が主で、乗り通す乗客はほとんど居ない。10年後、ブルーラインは更に北へ延伸し、川崎市の新百合ヶ丘へ繋がることになっている。再び最長地下鉄の座に返り咲くのだろうか。

16:03(GMT+9)

あざみ野駅を出発した電車は都筑区へと突入し、港北ニュータウンを駆け抜ける。この近辺は原野を切り開いて造成したので土地の起伏が激しく、地下鉄も地上へ出たり地下へ潜ったりを繰り返す。地下鉄ながら運が良ければ富士山まで見えることも。

動画1 車内映像

横浜市営地下鉄ブルーラインでは現在、3000A形、3000N形、3000R形、3000S形、3000V形の5車種が活躍している。今回乗ったのは3000N形。詳しくは横浜市営地下鉄の公式ホームページへ。

16:33(GMT+9)

幼い頃から横浜市営地下鉄に乗ると、身がゾクッとするような何か不思議なオーラを感じていました。その理由はトンネルに住み着いた地縛霊、ではなく駅の新鮮なデザイン。原色でまとめられたこの独特な空間は工業デザイナーの柳宗理、粟津潔らの統一コンセプトによるもので、当時の公共交通機関(1972年1期開業)では最先端のデザイン性だったらしい。それに昔は車両もかなり個性的だった。コルゲートの波打つステンレス車体に、青の縦縞ライン。それが「パーン」という独特の警笛と共に異空間に進入してくる様子は現代アートそのもので、子どもながら一人で感動していた。既に関内駅などでは駅のリニューアルが始まっているので、開通当時のデザインを楽しむなら今のうちかもしれない。

16:48(GMT+9)

横浜の市営交通を利用すると、至る所に隠れているのが公式キャラクターのはまりん。制定されたのは1998年なので、日本の公式ゆるキャラの先駆け的存在といえるだろう。2次元で見ると球形のように思えるが、実物はマンホールのような形。両津勘吉のような眉は横浜のYを表している。

17:08(GMT+9)

伊勢崎長者町から上大岡までは、1972年に開業した1期区間に相当する。構内は古く、独特の都市的なガラの悪さと銀色の車体からアメリカの地下鉄を連想してしまうのは私だけだろうか。

17:15(GMT+9)

あざみ野駅から寄り道しながら1時間以上かけて、吉野町駅にやってきた。ここ、伊勢崎町から吉野町にかけての大岡川右岸エリアは横浜屈指のディープな場所。かつては夜のお店や暴力団のアジト、ラブホ、賭場、ドヤ街など、中国語で「黒社会」と括れる全ての要素が詰まった無法地帯だった。今では随分綺麗になったが、それでも周囲とは一線を画すディープな雰囲気。今日も不思議なおじさん達が、ワンカップを片手に独り言をつぶやいていた。しかしドヤ街の寿町から西の首都高をくぐり、丘へとすすむとそこはもう山手の高級住宅街。さぞ不穏だろうと勘ぐってしまうが、実は互いに反目しているわけではなく、横浜を形成する一つの要素として容認し合っているのが特筆すべき点だ。

17:22(GMT+9)

今日私が吉野町に来た理由、それは昔から大好きな横浜家系ラーメンを食べるためだった。家系ラーメンとは、1970年代の横浜発祥の豚骨醤油ラーメンのこと。源流は横浜市西区の吉村家で、暖簾分けの店舗名に「〇〇家」とつく店が多いことからファンの間で家系という通称が定着した。横浜市を始めとする神奈川県内には無数の家系ラーメンの店舗があるのだが、今回訪れるのは家系の特色を色濃く残したお気に入りのお店、横浜市南区の千家本店だ。

17:25(GMT+9)

吉野町駅から京浜急行のガードを潜り、大通りを右に曲がるとすぐに千家本店の看板が見えてきた。最近はお洒落な店舗が増えている中、千家本店は「これぞ家系ラーメンの店」といえる特色を色濃く残す素晴らしいお店。草臥れた見た目、カウンターのみの狭い店内、不愛想でややぶっきらぼうな店員、タンクトップ姿で週刊誌を読みながらラーメンをすする客層。シビアな家系原理主義者の私でさえ、思わずうなる店内だった。食券を買い、カウンターに座ると、不愛想な兄さんにお好みを聞かれる。気分によって味の濃さ、油の量、麺の硬さを変えるのだが、今日は全て普通で注文した。

17:39(GMT+9)

今回注文したのは普通のラーメン(並)。大量の鶏がらと豚骨で煮込んだ醤油ベースのスープに、のり、チャーシュー、ほうれんそうのコラボはまさに家系ラーメンの原型といってよい。麺はもちもちした中太麺で、出汁の効いた濃いめのスープによくマッチしている。見た目は素朴だが、絶対に他のラーメンでは代用の効かない癖になる味だ。

油の浮かんだ黄色いスープを眺めていると、かつて高校の国語の先生が家系ラーメンのことを岡田有希子の脳みそだと言っていたのを思い出した。岡田有希子とは、1986年に18歳の若さで自殺したアイドル歌手のこと。自殺の真相は不明だが、元々持っていた自殺願望が原因とも、恋愛関係のもつれが原因とも言われている。ビルからの飛び降り自殺だった。そして不謹慎なことに、当時の週刊誌が自殺現場の様子をカラー写真で掲載したことが話題になった。頭を強打したらしかった。

冗談にも程があるような話だが、本物の家系ラーメンを前にすると、何故かクスっと笑ってしまった。口髭を蓄えたあの先生は、もう退職してしまったのだろうか。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。