中国・広州旅行記 カオスな旧市街で未知の広東グルメを食す 文明路編

2019年秋、私は中国の歴史を語る旅に出ました。のちに「中国ディープ旅」と命名されるこの旅は、一介の日本人による大陸見聞録へと発展。何かとキニナルあの国ですが、そこには日本の常識を覆す大陸ならではの光景が・・・。

政治に興味のない街・広州

中国は明日、中華人民共和国の建国を記念する祝日である国慶節を迎える。今年は建国70周年ということもあり、北京は党の主導により祝賀ムード一色の筈である。しかし、僕が今居る広州という街は、各所に国旗こそ掲げられているものの市民は余り興味が無いといった雰囲気。ただ休みになるのが嬉しい、8連休は何をしようか、商売人なら書き入れ時だ、というムードである。もともとこの街は一つのアイデンティティで固まる、民族主義で団結するというのが似つかわしくないところなのだが、それが北京主導なら猶更なのかもしれない。

国慶節の広州・北京路

広州を日本の都市に例えるならば、名古屋だろうか。どちらも国内第三位の都市で、観光地が少なく、あまり国民の憧れの対象になっていないところが似ている。だから国慶節でも市内が激混みすることはないとみて、連休中は広州にいることにした。ゴールデンウィークに名古屋に行く人が少ないから、名古屋に行くようなものである。

だからといって、広州に魅力がないわけでは決してない。むしろ僕が日本人におすすめする中国の街トップ3に入るほど、広州は素晴らしい街だ。掘り下げれば掘り下げるほどディープな面白さが滲みだす、そんな魅力のある街である。僕はこれまでに、広州で日本人の常識を超える多くの未知なるものに出会ってきたが、今回は一体どんなものに出会えるのだろうか・・・。

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混雑を避け、広州の郊外に宿泊

2019年9月29日、僕は広州の北に位置する白雲山近くの格安ホテルに居を構えた。このエリアは観光地でも商業エリアでもない完全な住宅街であるため、静かに国慶節を過ごすことができると考えたからだ。

実は先日珠海に居た時、国慶節の滞在先をどこにするかで散々悩んでいた。この手のことを生業としているなら、国慶節は北京に行って建国70周年の一大行事をスクープするべきではないのか、という想いがなかったわけではないのだが、政治色は出したくないし、何よりも連休の人ゴミに巻き込まれるのは嫌なので僕はここでじっとしていることにした。

ホテルの周囲には小区と呼ばれる古い団地のような集合住宅が密集していた。郊外の住宅街のなかにあるホテルだったので、食事に困ることを危惧していたが、どういうわけか小区の区画を取り囲むように飲食店が軒を連ねている。広東料理、四川料理、福建料理、東北料理・・・外食文化が根付いている広州では、どこに居ても食事に困ることは無さそうだ。

僕はこの旅ではじめて、一人で居ることを後悔した。誰か友達を連れてくれば、中華料理で毎晩楽しい宴になること間違いなしだ。こんなところで暮らしていたら、きっとすぐに太れるだろう。一人だと食事はいつも安食堂で済ませてしまうが、今回はレストランにも入っておこう。

カオスな旧市街で食べ歩きを敢行

翌朝、ホテル近くの食堂で広東名物のきしビーフン(河粉)を食べた。中国には数多の種類のビーフンが存在するが、僕はこの河粉と呼ばれる平たいビーフンがいちばん好きだ。今回は福建系のお店であったが、広東省潮州系のお店で食べるきしビーフンは最高にうまい。

あのニンニクベースのスープ、思い出しただけで禁断症状が出るレベルのうまさである。噂によると、潮州の料理は日本人の口に合うものばかりらしい。いつか潮州に足を運んで、その真偽のほどを確かめたい。

この日は市中心部の文明路・大南路というアーケード街へと向かうことにした。あの辺りは中華民国時代の建物が今も残る旧市街で、広州伝統の小吃(軽食)を出すお店がひしめき合っているエリアだ。今日はそんな広州の旧市街で、軽く食べ歩きをしてみようと思う。

広州の交通カード「羊城通」

途中地下鉄の駅で、広州のSuicaこと羊城通を買った。羊城とは広州の別名で、古代に広州が楚庭と呼ばれていた時代の伝説に由来する。昔羊に乗った5人の仙人が広州に居て、仙人が天に消えた後5匹の羊が岩になった、というくだりのあれだ。熊のキャラクターがやけにかわいい。

ちなみに広州地下鉄では、地下鉄アプリをダウンロードしてネットバンキングと紐づけすれば、スマホに表示されるQRコードを自動改札機にかざすだけで乗ることもできる。しかしいちいちアプリを起動させるのが面倒なので、今回は羊城通を購入した。羊城通ならバスやタクシーも乗れるので便利である。

広州はガジュマルの街でもある

文明路と大南路へは、地下鉄1号線の农讲所駅からアクセスするとよい。駅からは、徳政中路という広いガジュマルの並木道を南下するだけだ。このように、街全体がガジュマルやサルスベリなどの熱帯性の植物で覆われているところも広州の良さのひとつだろう。

それらの木々は広州の強い日差しから市民を守り、多くの美しい鳥たちの住処となっている。仙台が杜の都ならば、広州はジャングルの都とでもいうべきか。

文明路徳政中路の交差点。建物は民国時代のものか。
文明路の古い建物とアーケード

农讲所駅から歩くこと約7分、文明路との交差点にたどり着いた。趣のある建物がずらりと並んでいて、その一階部分がくり抜かれたようにアーケードになっている。そしてそこには広東のご当地グルメを出すディープなお店が軒を連ねていて、日本人の常識を遥かに超える未知の食べ物と出会うことができる。広東のグルメというと、優雅な飲茶を想像する人が多いだろう。

しかし、広州の旧市街であるこの界隈の雰囲気は、飲茶の優雅なイメージとはほど遠い。アーケードは薄暗く、時に店員たちの怒号が飛び交い、その目は殺気立っていることすらある。しかし、それは決してあなたに悪態をついているわけではないので気にしないで欲しい。ただ忙しいだけ、或いはそういうやり方なだけなのだ。

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カオスな旧市街で出会う未知のグルメたち

交差点を渡り、アーケードの中に入ると、はやくもやばそうなお店が一件目に留まった。名を百花甜品店というこのお店、甜品とは甘いもののことなので、デザートを売るお店なのだろう。

文明路徳政中路の老舗「百花甜品店」
「百花甜品店」は地元の若者に人気なようだ

近づいてみると、店の上にはメニューに番号がふられた表が掲げられていた。品数は400種類以上。よく読んでみると、「緑豆」「紅豆」「花生」など、日本人でも理解できる漢字が混じっている。しかし、中国語ができる僕ですら、大半のメニューの読解は不能であった。料理の名前など、固有名詞にはまだ弱いのだ。ええい、こうなったら適当に番号を選んでしまえ。

阪神タイガースに望月惇志という投手が在籍しているのをご存知だろうか。身長は190cmもあるという大柄な投手で、高校時代、彼の球速は既に148kmに達していたという。彼は横浜の高校出身だったが、ドラフト会議で阪神タイガースからの指名を受け、18歳にして不覚にも関西を拠点にプロ野球人生を送ることになった。そんな彼は、彼と同じく横浜市内の高校出身で、大学生活を不覚にも関西で送る羽目となった僕と境遇が似ているのではないか・・・。

僕には関東人が関西で生きるということの面倒くささがわかるので、彼は関西で日々何を思い、マウントに立ち続けているのだろうかとつい考えてしまう。ましてやコテコテの阪神タイガースである。そんな勝手な同情もあり、望月投手は僕が応援している数少ないプロ野球選手のひとりだった。そんな彼の背番号は61。よし、61だ。61番。

軒先の不愛想な女性店員に61号と告げ、支付宝(QRコード決済サービス)で支払う旨を告げると、「只收现金(現金しか使えません)。」と半分喧嘩腰で突き返された。手机有电、すなわち携帯に充電があることは命の次に大切だといわれるほど、スマホQRコード決済が浸透しているこの中国で、現金しか使えないなど本当にあり得るのか。今や路上の屋台ですらスマホQRコード決済ではないか。

全く想定外の事態にリュックの奥底から財布を探し出す羽目になり、3-4人に順番を抜かれてしまった。現金主義は店主のポリシーなのだろうか。店員のあの強い口調は、恐らくスマホQRコード決済が使えないことに対する数多の苦情を受け続けてきた結果なのだろう。

やっとのことでリュックの底に沈んでいた財布を取り出し、オレンジ沢東の20元札を店員に渡した。61番は11元なので、紫沢東の5元札一枚と、緑沢東の1元札4枚が返ってきた。学生時代の旅ではこうして現金でのやりとりを普通にしていたのに、今ではすっかり手間取るようになってしまった。時代が変わるとはこういうことなのだろうか。

番号が書かれたレシートのような食券を別の店員さんに渡すと、その場ですぐに61番をよそってくれた。黒いどろどろした物体に、キレイキレイのような白濁液をかけ、さらに透明なプチプチした丸い物体をのせている。怪しさ満点、というよりもはや食べ物なのかすらもわからないほどのグロさであった。

61番「西米加芝麻糊」
それにしてもグロすぎる見た目

実はこの61番、名を西米加芝麻糊という。芝麻糊は黒ゴマにでんぷんや砂糖を加えてすりつぶし、煮込んだ中国伝統の点心である。その味は仙台銘菓白松が最中の黒胡麻味の中身をドロドロにさせたような感じだろうか。そしてこの芝麻糊、実は漢方的に非常に優れた食品で、滋養強壮にとても良い効果を発揮する。黒ゴマの栄養価の高さを考えれば、それもその筈だ。

黒ゴマは日本でもありふれた食品なので、芝麻糊だけなら我々日本人も抵抗なく口にすることができるだろう。むしろ美味しいと感じる筈だ。しかし、問題はその上に乗っている透明のブツブツと白濁液。西米加芝麻糊の「西米」の部分が恐らくそれに当たるので、調べてみると驚くべき事実が判明した。

どうやらそれは、サゴヤシというヤシ科の植物の木の幹に蓄えられたでんぷんから精製された、炭水化物の塊らしい。炭水化物といえばもう米とパンしか知らない我々の想像を遥かに凌駕する食品だ。

恐る恐る口に含んでみると、やや甘みがありプツプツしていて美味しかった。そして白濁液は恐らく酸奶と呼ばれる中国のヨーグルトだろう。西米の食感と絶妙にマッチしていたので、その二者はもともとコンビだったのかもしれない。

ただ、芝麻糊と西米+酸奶の組み合わせが絶対的な正義なのかと問われると微妙である。まずいというわけではないのだが、メニューのネタを増やすために無理やり組み合わせた感が否めなかった。きっと微妙なくじを引いてしまったのだろう。店員さんにおすすめを聞くか、レジの前にピックアップされていたメニューを選んでおけばと後悔した。

メニューの漢字から推測すると、恐らくこのお店では漢方の考えに立脚した体にいい甜品がたくさん売られているのだと思う。医食同源の考え方を伝承する、そんな奥の深いデザート屋さんなのだ。食に対する意識の高い広州らしいお店だといってよいだろう。僕は広州を訪れる度にこのお店に立ち寄り、新しい番号にチャレンジすることを決めた。

アーケードの代名詞・ココナツの薬膳スープも

文明路のアーケードを西に進むと、今度は以前の記事でも紹介した達場原味炖品がある。ココナッツの殻を丸ごと使った薬膳スープが人気の名店だ。

薬膳スープの老舗「達楊原味炖品」
この日は国慶節で人が少なかった

普段は絶え間なく行列ができている達楊原味炖品だが、この日は国慶節で人が広州から出てってしまっているせいか、珍しく人が少なかった。このお店で最もオーソドックスなのは、炖水鸡とよばれる烏骨鶏を使った薬膳スープ。ココナッツと烏骨鶏の素材そのものの味をスープで堪能できる、日本では絶対に味わえない珍味だ。

烏骨鶏をココナツの殻で似た「炖水鸡」

その見た目は例外なくグロテスクだが、飲んでみるとすぐに体にいいものであることが分かるだろう。広州を訪れるなら一度はトライしていただきたい。

文明路のアーケードには、他にも広東の甜品や煮込み、各地方の軽食を提供するお店が数多く軒を連ねていた。どのお店も広州らしいオープン形式で、外を眺めながら食事をとることができる。

亜熱帯の広州は10月でも夏のようなもので、冷房の利かないオープン形式の食堂はとても蒸し暑いのだが、それでも何故か熱い煮込み料理を注文したくなってしまうのだから不思議だ。そして汗だくになりながら、意図せず熱いスープを飲み干してしまう。普通なら不快そのものだが、それがここでは快感へと変わってしまうのだ。

もしかすると広東の食文化は、長い歴史の中で、蒸し暑い広東の気候をふまえて出来上がったものなのかもしれない。それは僕の考えすぎだろうか。いや、恐らくその通りである。潮州のあのニンニクベースのビーフンだって、暑い中食欲を失わないようにと作られたものに違いない。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。