カオスな食堂街でいただく河南名物烩麺の味 満員の中国鉄道で東の都開封を辞する

2019年秋、私は中国の歴史を語る旅に出ました。のちに「中国ディープ旅」と命名されるこの旅は、一介の日本人による大陸見聞録へと発展。何かとキニナルあの国ですが、そこには日本の常識を覆す大陸ならではの光景が・・・。中国四千年のディープ旅、次はあなたの番かもしれません。

九日目 基本的に原稿を書く一日

16:30 夕食を求めて出歩く

九日目のこの日は基本的にホテルで原稿を書いていたが、夕方お腹が空いてきたのでご当地グルメを求めて出歩いてみることに。この日食べたかったのは「黄悶魚」という開封名物の魚料理であったが、百度地図で検索して見つかった評価の高いお店が2件とも無くなっていた。出店から閉店までのスパンが短いのと、都市開発などで移転させられてしまうケースが多いためこのようなことは中国ではよくある。

仕方なく偶然辿り着いた延慶観近くの食堂街でお店を探すことに。こういうボロいストリートがあると思わず入り込んでしまうのは私だけだろうか。

メニューには開封名物の金属のせいろで蒸した小籠包もあったが、小籠包を食べる気分ではなかったので河南名物の烩麺をいただくことにした。烩麺とは日本のきしめんやほうとうに近い、平たく打ち延ばした麺のこと。

▲砂鍋という小さな土鍋で出された烩麺。牛骨で出汁をとった薄口のスープにパクチーの風味が絡み合う、ややエスニックな麺料理であった。麺は日本のきしめんよりも固く、ほうとうよりはやわらかい。

ちなみに、本場の中華料理にはよくパクチーが使われている。僕はパクチー大好きなので嬉しいが、もしパクチーが嫌ならレストランで料理を注文する際に「不要香菜」と書いて店員に見せれば意を汲んでくれるだろう。

十日目 列車で鄭州へ向かう

十日目の今日は開封を離れることになっている。日本人に許可されているビザなし滞在日数は15日なので、そろそろ中原を離れて出境の準備を始めなければならない。ちなみにここで「出国」ではなく「出境」と表現したのには深い理由があるのだが、このことについてはまた後日説明することになるだろう。とりあえず開封では乗れる列車が限られていて不便なので、また鄭州に出て次の行動を決めることにした。

14:30 開封駅

開封駅のチケット売り場で鄭州までの列車を予約する。中国で鉄道に乗るためにはパスポートのチェックを受け、更に手荷物検査を受けなければならないので、遅くとも出発の一時間前には駅に着いていたい。

ちなみに「城」という漢字は中国では「都市」を表すが、これはかつての都市が城壁で囲まれていたことに由来する。それぞれの城壁の内側では独自の文化と言葉が根付いていて、それがその都市の民としての共通のアイデンティティを生み出している。そして古くから中国人にとって、城壁の外はいわば蛮地であり、山と畑以外に何もないというのがセオリーだ。

そのため中国において都市を跨ぐということは、一旦何もない城壁の外に出て、更に異なる文化を持つ城壁の内側を目指すということになる。なので都市と都市を跨ぐ、という行為に対するハードルが日本よりも高いような気がしてならない。それが例え50キロ先の隣街を目指すのであっても。

そして中国において鉄道とは、紛れもなく都市を跨ぐための乗り物だ。だから街の外れに駅があって、そこから一直線に隣街まで線路が引いてある。途中駅は隣街、あるいは隣の集落まで基本的に存在しない。だから中国で鉄道に乗るときにはいつも、これから異なる街に向かうのだという覚悟のようなものが芽生えて仕方ない。

▲開封駅の待合所にて。移動する者はこうして駅に集まり、各々の目指す街へと向かう。今日は僕もそのうちの一人だ。

▲この日やってきたのは済南発重慶行きの快速、K15次列車。改札が始まると、人々は一斉にホームへと向かう。ちなみに済南は山東省の省都、重慶は火鍋で有名な中国南西部の大都市だ。

▲停車時間が長いと、このように車内からホームに出てタバコ休憩をする人の姿が見受けられる。長時間乗車する人にとって、この時間が楽しみの一つとなる。

▲この日のK15次列車は国慶節を前に農村に帰郷する出稼ぎ労働者で超満員。彼らは布団と生活用品を入れた麻袋を肌身離さず持っていて、職場を転々としながら生活している。この日はこの過酷な車内で一晩を過ごすのだろうか。

▲開封出発から50分、列車は次の鄭州駅に到着した。僅か50分とはいえ、超満員の車内でもう疲労困憊である。この日は鄭州から更に列車を乗り継いで、更に南方へと下るつもりであったが無理はせず鄭州に宿泊することとにした。明日の寝台を予約すれば、28日の出境期限には間に合うだろう。大陸を旅していると、時間の使い方も自ずと悠長になっていくのは気のせいだろうか。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。