悠久の宋都・開封の見どころと楽しみ方 千年の鉄塔と夜市を見学しよう

2019年秋、私は中国の歴史を語る旅に出ました。のちに「中国ディープ旅」と命名されるこの旅は、一介の日本人による大陸見聞録へと発展。何かとキニナルあの国ですが、そこには日本の常識を覆す大陸ならではの光景が・・・。中国四千年のディープ旅、次はあなたの番かもしれません。

七日目 鄭州で次の目的地を決める

2019年9月21日、僕は漢字のふるさと安陽を辞し、次なる目的地を目指すことにした。ひとまず京広線の列車で河南省の省都鄭州へ出て、そこで再びどこを目指すか決めることにする。中国における政治の中心が北京に移ってから、長らく落伍し続けていた河南省であったが、近年の鄭州における経済発展は目ざましい。鄭州を北京や上海、広州などと並ぶ第一線の都市へと昇格させる計画も存在するほどだ。

河南省の鉄道交通の要所である鄭州駅には東西南北4方向へ向かう路線が乗り入れているので、どこへ出るにも便利な駅だ。列車を検索すると、次の目的地として洛陽や西安といった名だたる古都が候補に挙がった。しかしそれらの都市は語るべきことが多すぎて、行ったとしてもビザランの期限までに書き尽くせないだろう。なので次の目的地は比較的コンパクトな古都、開封とすることとした。

18:00 K362次列車乗車

開封は鄭州から列車で50分と程近く、寝台は予約しない。今回私が乗車するのは硬座と呼ばれるボックスシート車で、中国鉄道のなかでは最もランクの低い座席だ。やってきたのは銀川発上海行き、K362次列車。銀川は中原の遥か西方に位置するイスラム自治区の中心都市で、砂漠のオアシスともいわれる街である。中国史でいうならば、匈奴などの異狄が住んでいた場所だ。K362列車は、そんな遥か西方の蛮地から上海まで、片道40時間以上もかけて走り抜く、われわれ日本人の想像を遥かに超越する長距離列車なのだ。

▲今回乗車した硬座の車内。3+2のボックスシートが並んでいる。私は50分で下車するが、中には40時間以上、この椅子に座り続けなければならない人も居たであろう。

20:30 ホテルチェックイン

開封に到着したのは午後7時頃。ホテルを探すため、駅から市の中心部である鼓楼広場へと向かった。中国の格安ホテルを予約するときに気を付けてほしいのが、よく外国人お断りのホテルがある点である。現地のアプリでホテルを予約する前に、そのホテルが外国人も宿泊可能なのか調べなければならない。ネットで調べるか、電話で聞くか、直接フロントで訊いてみるとよいだろう。ちなみにこの日は泊まりたかった1,300円のホテルが外国人お断りであった。なので近くの2,300円のホテルに宿泊することとなった。

八日目 千年の歴史を誇る鉄塔へ

13:00 ホテル出発

開封は中国史において何度も国都に選ばれた都市である。特に宋の時代(960年-1127年)には世界最大の都市にまで発展し、栄華を極めていたという。しかし、度重なる黄河の氾濫と黄砂の堆積で当時の建築物は全て地中に埋まってしまい、現在の開封で当時の風情を味わうことは期待できない。ちなみに開封には開封府と清明上河園という宋代の文化をテーマにした2つの有名な観光地があるが、いずれも現代になってから復元されたレプリカだ。わざわざ足を運ぶ必要もないだろう。なのでこの日はホテルのある鼓楼から、龍亭公園を経て歩いて鉄塔へ向かうことにした。

13:15 龍亭公園

ホテルから700mほど北に歩くと、龍亭公園に着いた。歩いて湖の堤防を渡り、高台に建つ龍亭へ渡るには35元の入場料が必要なようだ。龍亭公園もレプリカであるため入場はしないが、かつて歴代王朝の朝廷が存在した場所なので訪れてみる価値はある。お金を払って入場しなくとも、堤防や龍亭を眺めながら湖のほとりを歩くことはできるのでおすすめだ。

湖のほとりをひたすら歩いていると、「白家花生糕」と書かれたのぼりが掲げられていた。花生、ということはピーナッツのお菓子だろう。店の中に入ると、にこやかで感じの良い店主が花生糕は開封の特産であると説明してくれた。手作りだと言っていたが、本当なのだろうか。味見をしてみて美味しかったので購入してみることに。

このパックで10元(約160円)であった。清真と書かれているということは、イスラム教徒のお店だったのだろうか。たまたまイスラム教徒が花生糕を作っていたというだけで、イスラム伝統のお菓子ではないようだ。

レプリカだろうが、美しいアーチ橋がかけられていた。空気さえ良ければ龍亭公園の美しい景色を眺めることができる。画面の前の貴婦人たちには、楊貴妃になった気分で優雅に石段を下りてみることをおすすめする(時代が違うっ)

あとは水路に沿ったこの小道を真っ直ぐ歩けば鉄塔にたどり着く。中国の喧騒を忘れさせてくれる、静かないい小道だった。

鉄塔の頂上へ

14:20 鉄塔公園着

ホテルから3.4キロ歩き、鉄塔公園の入り口に到着した。鉄塔とは、1049年(宋代)に建立された仏塔のこと。もともと開宝寺という寺院の仏塔であったが、寺はなくなり、仏塔だけが残された。多くの宋代建築が砂に埋もれてしまった中、今も残る希少な当時の遺構である。

2014年に訪れた時、鉄塔公園入場料は15元ほどだったが、今ではなんと35元まで跳ね上がっていた。そして塔に登るにはさらに30元の追加料金が必要とのこと。合計65元(約1,000円)とかなり高めの値段設定だが、仕方ないので支払うことに。入場料1,000円の仏教施設など、日本でもなかなか無いのではないだろうか。

八角形の鉄塔は下から数えて十三層あるようだ。その高さは約56メートル。鉄塔は天下第一塔とも呼ばれていて、その高さ、古さ、そして美しさで右に出る塔は無いという。

鉄塔という名の由来は鉄のような錆色をしているからで、鉄でできているわけではないらしい。本当はレンガ造りで、表面に特殊な加工を施して金属のような鈍い質感を出しているとのこと。

表面には精緻な彫刻が施されていて、見る者を魅了する。僕はこれまでに数多くの仏塔を見てきたが、開封の鉄塔に勝る塔はいまのところ存在しない。写真では鉄塔の美しさを伝えきれないのが残念だ。皆さんも是非一度開封に足を運んで、生の鉄塔を目の当たりにしていただきたい。

15:00 鉄塔に登る

そして貴重な鉄塔内部の写真がこちら。頂上へは狭くて暗い階段をらせん状に登っていかなくてはならないので、閉所恐怖症の人には向かないだろう。僕も夢に出てきそうな圧迫感を感じた。

時々出現する塔の窓からは公園の景色を一望できる。

頂上には仏塔らしく、仏に祈祷できるコーナーが設けられていた。日本の寺院では手を合わせるだけでよいが、中国の寺院では仏の前に跪き、大袈裟に何度も頭を下げている人の姿をよく見かける。この狭いスペースで、あのお祈りをするのだろうか。想像するとやや面白い。

鼓楼の夜市でご当地グルメを楽しむ

21:00 食べ歩き始め

悠久の古都として有名な開封であるが、実はもう一つ有名な要素がある。それは、夜な夜な開かれるゴーゴーバーの酒宴、ではなく夜な夜な開かれる夜市である。夜市というと台湾を連想しがちだが、ここ開封の夜市も迫力と熱気で台湾のそれに負けてはいない。特にホテルをとった鼓楼で開かれる夜市の規模は盛大で、多くの観光客で賑わっていた。

延々と続く屋台からは羊肉の香ばしい香りがたちこめている。ただ、海鮮などは衛生状態が悪い可能性もあるので食べないほうがいいだろう。売られている食材が新鮮なのか、自身の目でしっかり確かめてから食べたほうがよい。

ちなみに、この日私が食べたのは炒涼粉というわらび餅炒めた料理。日本ではデザートとして、黒蜜をかけて冷やして食べるわらび餅を、中国では主食として炒めて食べるのだから驚きだ。しかも味付けがかなり辛い。実は中国と日本で同じ食材なのに食べ方が違うというのはよくあることで、焼き餃子(日本)と水餃子(中国)なんかが有名だ。

こうして中国を旅していると、新しい発見が実に多く飽きるということが無い。本当に楽しいので、皆さんも一度騙されたと思って中国に足を運んでみてはいかがだろうか。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。