悠久の中国歴史旅のはじまり 一日目は成田から香港経由で広州へ

2019年秋、私は中国の歴史を語る旅に出ました。のちに「中国ディープ旅」と命名されるこの旅は、一介の日本人による大陸見聞録へと発展。何かとキニナルあの国ですが、そこには日本の常識を覆す大陸ならではの光景が・・・。中国四千年のディープ旅、次はあなたの番かもしれません。

中国を語る旅に出ます

2019年9月13日夜、ふとTrip.comの香港行き航空券を見ていると、明日の香港航空成田発便が21,990円と破格の安さだった。しかも、最も使い勝手の良い成田12:00発の便。6月から長引くデモの影響か、三連休初日にも関わらず価格崩壊を起こしていた。デモ中の香港に滞在する気はさらさらないが、香港から深セン川の国境を通過して、大陸中国へ渡るにはチャンスかもしれない。

ニュースを見てみると、香港の大規模デモは明後日決行の予定。なので明日香港を通過する分には問題なさそうだ。思い立ったら吉日。予定では明日、三崎港へ釣りに行くことになっていたのだが、雨の予報も出ているし、行先を急遽中国へ変更。ビザなし、予定なしのいつものスタイルで、再び中国を放浪する運びとなった。

ただあてもなく彷徨うことの多かった私の中国旅だが、今回はひとつ、テーマを設定したい。それはずばり、中国五千年の歴史をこの足で辿ること。伝説の夏王朝からはじまり、殷、周、秦、前漢、後漢、そして三国時代へと続く、激動の中国史ゆかりの地を訪れてみようと思うのだ。

旅の友は、岡田英弘著『中国文明の歴史(講談社現代新書)』。ほか現地で得た様々な資料を参考に、このメディアを通して中国史を語れたらと思う。

ただ、歴史をメインのテーマにするとはいえ、私はこのシリーズを教科書的なつまらない読み物にはしたくない。実際にこの足で中国を旅しているのだから、中国で起こったこと、食べたもの、思ったことなど、大陸でのあらゆる出来事を綴ることとしよう。このシリーズはいわば、一介の日本人による大陸見聞録なのである。

旅立ちの日

6:30 中国へ向けて出発

2019年9月14日、いよいよ旅立ちの日の朝を迎える。といっても旅の決定からまだ10時間しか経っていない。旅の荷物は昨日のうちにまとめておいたので、あとは中国へ向けて出発するだけだ。過去の経験から必要なものや旅の手筈は全て分かっているので、決定から10時間で充分間に合わせることができた。もう玄人の領域である。

家を出ると、いつものようにスーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生たちが駅へ向かって歩いていた。私もなにくわぬ顔をして、まるで会社や学校へ行くかの如く、その列に加わった。事実、これから長期間、外国を旅するという心持ちでは完全になかった。私にとってはむしろ、中国を旅しているほうが会社や学校へ行くよりも自然なことなのかもしれない。

6:57 ロマンスカーで新宿へ

地元本厚木から成田空港までは高速バスも出ているが、三連休の初日とあって道路の状況が読めないので電車で行くことにした。早朝の出発で眠かったので、新宿まではロマンスカーに乗ることにした。EXEαだった。

新宿からは総武線で浅草橋へゆき、浅草橋からは都営線と京成線で成田空港へ出た。成田到着は9:50だったので、3時間近くかかったことになる。永遠の神奈川県民としては羽田の拡充を願うばかりだ。

10:15 チェックイン

香港航空のカウンターでチェックインを済ませた。片道航空券だったので、カウンターの女の子は入国時に審査官から何か質問されるかもしれないと言っていたが、香港でそれはないだろう。私は過去幾度となく片道航空券で香港に渡航しているが、何も言われたことはない。ただ、今回はデモの影響でチェックが厳しくなっている可能性もあるので、でっち上げの滞在計画くらいは言えるようにしておこう。

12:00 成田出発

香港航空608便は定刻通り成田空港を離陸した。デモで空港が封鎖されることを恐れていたが、今日は大丈夫なようだ。1時間ほど飛行したところで、客室乗務員が機内食を持ってやってきた。チキンと魚のどっちにするか、前の日本人には英語で訊いていたが、私には広東語で訊いてきた。ひと夏の釣りで日焼けしていて、更に丸渕の眼鏡をかけていたので香港人に見えたのだろう。魚で、と私は北京語で答えた。

こちらが香港航空の機内食。カレイと思しき白身魚のあんかけがメインディッシュで、サラダとうどん、パンと大福が添えられていた。

デモ中の香港を通過

15:40 香港国際空港到着

香港時間の15:30、飛行機は定刻より30分早く香港国際空港に着陸した。日本と香港/中国との間には-1時間の時差があるので、所要時間は4時間半だった。機内食を食べて、映画を見て過ごすのには丁度いい飛行時間だろう。これが上海便だと映画のラストシーンを見れずに到着してしまうことがよくある。

16:10 香港入境

片道航空券だったが、今回もイミグレで足止めを食らうことなく無事香港へ入境。先日デモ隊の投石を受け運行停止となったエアポートエクスプレスは今日は平常通り運航していた。市内まで20分で出られるので便利である。それにしても成田の空港アクセス事情はもっと良くならないのだろうか。

17:10 香港西九龍駅で広州行きのチケット購入

デモに巻き込まれることを恐れ、香港ではどこにも立ち寄らず高速鉄道の駅にやってきた。途中地下鉄駅のコンコースやショッピングモールを通過したが、前回同様の雰囲気で緊張感は特に無かった。ただ、駅のコンコースで座り込みをしている人が何人か目に留まったのだが、あれも抗議の一環なのだろうか。

駅の窓口でパスポートを提示して、広州行き高速鉄道の切符を買う。人民元も使えて、広州までは215RMBだった。指定された列車は18:39発。この駅ではホームへ行くまでの間に中国の入国手続きを挟むので、発車の1時間前までに必ず入場しなければならない。香港内部に中国本土のイミグレが進出するということで、去年9月の開通時に一部市民の間で抗議の対象となった駅である。

去年話題となった駅構内に存在する香港と中国を隔てる黄色いライン。香港市中心部にありながら、手前が香港、奥が中国という扱いだ。このラインを超えると、そこではもう中国の法律が適用される。開通から1年が経過した今でもここで撮影する人が後を絶たない。

香港から中国へ

17:30 中国入国手続き

話題のラインを超えると、暖色でまとめられていた構内の雰囲気が緊張感漂う寒色に一変。奥には待ち構える審査官、そして鳴り響くスタンプの音。香港に居ながらにして、そこには紛れもない中国のイミグレがあった。険しい顔つきの女性審査官(いつもは割と笑顔な人が多い)に幾度となく顔を睨みつけられ、過去の入国歴を調べ上げられた。そして左手の指4本の指紋を採られ、ようやくイミグレを通過することができた。私が学生だった頃、中国のイミグレで指紋を採られることはなかったが、世界の流れに乗って中国も指紋採取を始めたようだ。決して中国が独裁国家だから指紋を強制採取しているわけではないのでご安心を。

18:39 広州行き高速鉄道乗車

コンコースで約40分列車を待ち、いよいよ改札が始まった。今回乗車するのは中国国鉄肝いりの新型車両「復興号」だ。ひと昔前まで中国高速鉄道の車内は粗雑で、快適性では日本の新幹線に遠く及ばないと思っていたのだが、この新型車両から車内のアコモデーションが大幅に改善し、もはや日本の新幹線をも上回る勢いとなっている。

19:40 広州南駅到着

乗った列車は割と途中駅に停まるタイプで、香港から丸々一時間かかった。高速鉄道専用駅である広州南駅は、広州市中心部からかなり離れており、これから地下鉄で市内へと向かわなくてはならない。広州南駅は広州の高速鉄道のハブ駅なので、空港に近い存在なのだ。

とりあえず、広州に二泊

20:00 ホテル到着

厚木の家を出て13時間半、やっとのことで広州市内のホテルへ辿り着いた。この日予約したのは西門口のイスラム街にある美佳ホテル。一泊2,000円強の安宿だ。

田舎に行けば同じ値段でもっと立派な部屋に泊まれるのだが、ここは広州市街なので仕方がない。申し訳程度の造花が一層の安っぽさを演出している。

21:00 夕食

この日の夕食は広東名物豚もつのビーフンをいただくことにした。ビーフンは疲れているときでもさらっと食べれてしまうので、旅の途中でよくお世話になる郷土料理だ。これだけたっぷり豚もつが乗っていて、値段はたったの12元(約180円)。中国は食が豊かで安いのも魅力だ。

ビーフンだけでは物足りなかったので、この日はその足でお粥のお店へ。痩肉粥という豚の赤身を使ったお粥をいただいた。痩せ肉粥は日本のお粥よりも出汁の効いた濃い味付けで、薬膳粥のようなイメージだ。日本人でもきっと抵抗なく食べることができるだろう。

22:00 スーパーで日用品を買う

ホテル付近のスーパーで水、歯ブラシ、歯磨き粉、シャンプーを買った。このシャンプー、実は中国を初めて訪れたときから非常に気に入っていて、毎回必ず購入している。今回はココナツのバージョンを購入したが、他にも柑橘系など様々なバリエーションが存在する。洗い心地爽やかで、頭皮のかゆみが全くなくなるので皆さまにも一度使って頂きたい。特に頭皮が乾燥しがちな人におすすめだ。

明日は中国での長旅に備え、両替や電話の契約をしなくてはならない。本当は少し原稿を書く予定だったのだが、朝からの大移動で疲れていたのでこの日は23時就寝とした。

この記事を書いた人

『TRANS JOURNAL』編集者なり。神奈川県出身。京都外国語大学外国語学部卒。在学中に上海師範大学に留学。卒業後は製紙会社などに勤務。翻訳もたまに。ここでは興味の赴くままに、イギリス帝国や中国に関する記事を執筆。